「製作扣(ひかえ)帳」発見、春草生誕140周年展で展示

文化・芸能

[ 2014年 9月 4日 木曜日 12時00分 ]

春草製作扣帳表紙 飯田市仲ノ町出身の日本画家・菱田春草(1874―1911)が作品受注について記録した「製作扣(ひかえ)帳」がこのほど、東京在住の遺族のもとで発見された。今回の発見により晩年の制作状況や、複数存在する「落葉」の制作順序が明らかに。来年3月から市美術博物館で開催される生誕140周年・生誕地公園完成記念特別展「創造の源泉―菱田春草のスケッチ―」で展示される予定だ。

 

 製作扣帳はことし3月、同館の小島淳学芸員が遺族の所蔵する春草のスケッチの調査を行った際に発見された。大きさは縦26・6×横19センチ。晩年の35、36歳頃に当たる1909(明治42)年9月から11(同44)年5月までの受注状況が、22ページに渡って記載されていた。

 

 内容は、受注年月日や画題、サイズ、形状・数量、代金、依頼者、仲介者などで、「落葉」(福井県立美術館)や「四季山水」(東京国立近代美術館)、「春秋」(市美術博物館)などが含まれる。受注件数は252件で、このうち116件分が完成したとされる。

 

 制作件数は月平均5、6件。これまで、春草の兄・為吉宛ての書簡にある「月に三枚平均」という言葉が晩年の制作状況とされていたが、実際には多くの注文を受けて制作していたことがわかった。

 

 また今回の発見で、5点存在する晩年の代表作「落葉」のうち、写実性と装飾性が表れた永青文庫蔵の作品(永青本)が、装飾性を重視した福井県立美術館蔵の作品(福井本)に先行して制作されていたことが明らかに。

 

 09(同42)年10月の文部省美術展覧会に永青本の「落葉」を出品し、同年11月に福井本を受注したことが記録によって明確になったため、永青本を契機として装飾性を深めた画風を展開していったことがわかった。

 

 市美術博物館では、同年9月3件だった受注数が同展覧会以降に急増している点から「展覧会で『落葉』が好評となり多くの依頼が寄せられるようになったが、11年に病魔に倒れ、制作数が極端に減少して同年9月に亡くなった。この晩年の姿が製作扣帳に表れている」としている。

 

  

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