大学院生の新谷さんが満蒙館で企画展

文化・芸能

[ 2017年 2月 7日 火曜日 15時16分 ]

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 上伊那郡宮田村出身の筑波大学大学院生、新谷千布美さん(26)が、阿智村駒場の満蒙開拓平和記念館で企画展「満『蒙』開拓~満州移民と内モンゴル」を開催している。中国東北部の複雑な民族摩擦の歴史と日本人の開拓移民をひもとく内容。11日午後2時からは同記念館で講演も行う。

 新谷さんは筑波大学で東アジア研究を行っており、2013年には夏休みを利用して同記念館で1カ月間研究を兼ねたボランティアを行った。15年8月から1年間、吉林省長春の東北師範大学に留学し語学研修や満州国の資料などの調査を行い、同記念館の訪中調査でも現地案内などで協力した。

 これまでの研究調査を修士論文にまとめた新谷さん。「成果を学術関係者だけでなく一般の人にも知ってもらいたい」と企画展の開催を思い立った。研究では、内モンゴル興安東省に宮田村など上伊那郡から入植した3つの分郷開拓団があったことに着目し、モンゴル系を含めた中国東北部の多様な民族の摩擦の歴史と日本人移民の関係を明らかにした。

 「下伊那からの開拓移民は主に東部の地域に入植しており、内モンゴルにあたる西北部については知られていない。満蒙開拓と『蒙』の字が含まれている意義について考えてもらうきっかけにしたい」と話していた。

 展示では、中国東北部を漢人による農耕が行われた南部の平野、ツングース系狩猟民が住む東部から朝鮮半島にかけての森林地帯、モンゴル系遊牧民が住む西部草原地帯の3つに分けて歴史を解説した。

 中国東北部は3世紀以降、中華王朝とは結び付かずツングース系とモンゴル系で覇権を争い、高句麗や遼、金などの国が興った。清の時代になると、東北部に漢人農民の流入を制限する政策がとられたが、18世紀以降規制が緩和され、植民地化が進むと土地の払い下げや移民流入が進展。漢人との対立が進んだ。

 関東軍による満州国の建国は、漢人に対して不満を抱き独立を目指したモンゴル系勢力を一部利用して行われた。当初は蒙地の土地保全令が出されたが、最終的には日本人移民が入植するようになったという。展示は3月6日まで。

  

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