日夏耿之介文学碑めぐり、功績や人となりに触れる

文化・芸能

[ 2010年 6月 29日 火曜日 15時06分 ]

 ことし生誕120年を迎えた日夏耿之介の句碑や詩碑などをめぐる、「飯田町の文学碑散歩―日夏耿之介の足跡をたずねて―」が26日に開催された。雨の中、約30人の参加者が日夏ゆかりの碑を訪ね、その文学や人となりに触れた。伊那谷の文学碑研究会、飯田市美術博物館主催。市立中央図書館共催。

 日夏耿之介(1890―1971)は下伊那郡飯田町(現飯田市知久町)生まれの詩人、英文学者、翻訳家。本名は樋口國登(くにと)。独特の美意識に貫かれた詩風と厳しい文芸批評が持ち味で、日本芸術院賞、読売文学賞などを受賞、飯田市名誉市民第1号にも選ばれた。早稲田大学や青山学院大学で教授を務めている。

 日夏ゆかりの碑は、りんご並木の詩碑をはじめ市内に十数カ所、日夏が生まれた旧飯田町や上飯田地域だけでも10カ所ほど存在する。今回、飯田の人たちに日夏についてもっと知ってもらいたい―と、日夏の亡くなった月である6月を選んで文学碑めぐりを企画。伊那谷の文学碑研究会会員の吉澤健さん(75)の解説を聴きながら、8カ所の碑をまわった。

 最初に箕瀬の柏心寺で日夏の墓参りを行ったのち、同地に設置された歌碑「おぎろなき」を見学。愛宕神社の敬巷碑の次は、りんご並木の詩碑「咒文乃周囲」へ。この詩碑は1962(昭和37)年に設置されたもの。仏文学者の齋藤磯雄が撰文、当時の市長・松井卓治が書、建築家・谷口吉郎が設計を行っている。

 追手町の日夏耿之介記念館では句碑2基を見学。「秋風や」は同館が完成した89(平成元)年、日夏の親せき一同が玄関前に建てたもので、風越山頂の岸壁にも同じ句が刻まれている。「水鶏(くいな)ゆくや」は愛宕の旧日夏邸から移されたもの。

 吉澤さんの解説のほか、生前の日夏と交流のあった人たちが、当時の思い出や文学碑設置時のエピソードを披露。関係者でなければ知りえない日夏の人柄などが語られ、参加者は熱心に聴き入っていた。

 5年前に飯田へUターンしたという篠田初美さん(飯田市座光寺)は「今回解説を聴きながら足跡をたどってみて、飯田にすごい人がいたんだと勉強になった」と話した。吉澤さんは「太宰治の桜桃忌のように、日夏先生が亡くなった6月13日に忌の名前を付けたり、遺墨集をまとめたい」とさらなる顕彰を願った。

  

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