松川町の大昌寺で蚕玉祭り

文化・芸能

[ 2016年 1月 25日 月曜日 9時18分 ]

 松川町元大島の大昌寺でこのほど、蚕玉(こだま)祭りが開かれた。かつて養蚕業で栄えた旧大島村の北名子養蚕組合の名残りで、養蚕農家の縮小とともに一度は途切れた祭りだが、2004(平成16)年に復活。この復活から13年が経った今でも、元組合員らが集まって伝統を継ぐ。

 元松川町資料館職員で郷土史に詳しい酒井幸則さんによると、旧大島村は「養蚕立村」として知られ、養蚕繁盛や蚕供養として蚕玉を祭った。

 しかし、繭価の下落などによって果樹へと徐々に移行した。北名子養蚕組合はピーク時に四十数戸あったというが昭和に入ると減り続け、組合は戦後に解散。蚕玉祭りも行われなくなった。

 ところが、03年に蚕玉祭りで使われた小太鼓が見つかると、もう一度祭りを―の声が上がり、翌年に復活。毎年1月16日は大昌寺の境内の一角にある繭玉をかたどった碑の前に祭壇を構え、寺で保管されていたという蚕玉様を祭り上げている。

 ことしの祭りは8人が参加。祭壇の前で手を合わせ、かつての養蚕をしのんだ。

 祭り後は近くの名子地区公民館に移り、酒井さんから町の養蚕の歴史について聞いた。

 酒井さんは、養蚕に見切りをつけて果樹へと転換した当時の時代背景などについて解説した。祭りの由来や目的に触れると「いったん途絶えると忘れられてしまうが、復活した意義は高い」と指摘。「今後もぜひ続けてほしい」と加えた。

 参加した男性の一人(80)は「養蚕農家は今はないが、地域の歩みを知る機会として残していきたい」と話していた。

  

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