柳田國男館が国有形文化財登録を答申

文化・芸能

[ 2016年 7月 17日 日曜日 8時57分 ]

柳田国男館文化財指定外観 国の文化審議会は15日に同審議会文化財分科会を開き、飯田市追手町の柳田國男館(旧喜談書屋(きたんしょおく))の国登録有形文化財(建造物)への登録を文部科学大臣に答申した。日本民俗学の創始者、柳田國男(1875―1962)が1927(昭和2)年に建造した書斎で、現在は市美術博物館付属施設。市教育委員会では「登録を機に、民俗学研究の場として一層の活用を進めたい」としている。

 

 同館は、柳田がイギリスの社会人類学者フレーザーの書斎にならい「完全なる文庫」を目指して現在の東京都世田谷区成城に建設。来客を迎え嬉々として談じようとする気持ちを、建物が建造された場所の地名「宇喜多見」にかけて喜談書屋と名付けた。

 

 20年間は柳田個人の書斎として使用され、47(同22)年から57(同32)年までは民俗学研究所として、日本民俗学の発展の場となった。

 

 建物は、間口9間、奥行5間の木造2階建、切妻造、洋瓦葺(元スレート葺)ハーフティンバースタイル。20年代に流行したイングリッシュ・コッテージの木骨様式だが、手斧仕上げの粗いハツリのついた柱やはりは使わず、シンプルな外観に仕上げている。

 

 書屋の中心をなす1階の約23坪の大書斎には、壁面全体に書棚を設置。部屋の内部に独立して立つ4本柱のうちに机と椅子を配し、民俗学徒や来客を迎えたことから「民俗学の土俵」と呼ばれている。

 

 58(同33)年からアメリカ空軍将校家族の住宅やアトリエとして使用された後、88(同63)年に柳田家先祖の地である市に移築。翌89(平成元)年、市美術博物館の付属施設として開館した。

 

 建物を寄贈した柳田の遺族の「民俗学を中心とする伊那谷の郷土史研究の生きた資料庫ならびに学習研究のセンターとして役立ててほしい」という願いから、同館は一般市民で構成する研究団体「柳田國男記念伊那民俗学研究所」の活動拠点として活用。同研究所による研究会や講座、講演会なども開催されている。

 

 また建物2階は、柳田の業績や飯田の人々とのつながりを紹介する「展示室」とし、1階大書斎は「柳田國男記念室」として柳田の著作類などが置かれている。

 

 市教委によると、市内の登録有形文化財(建造物)は5カ所10件目。県内では174カ所502件目となる。

  

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