菱田春草の没後100年を記念して、南信州地域に中世から伝わる芸能の歴史をひもとく「飯伊古典芸能祭」が20日、飯田市の飯田文化会館で開かれた。地元と東京の邦楽家、舞踊家らが地域ゆかりの長唄「菊慈童」「木賊刈」を披露したほか、歴史の流れの中で忘れ去られようとしている飯田オリジナルの作品に息吹を与え、会場いっぱいの約800人が鑑賞した。
菊慈童は「春草の心に少しでも近づくように」と、春草作品をイメージした衣装と背景を今公演のために用意。踊り手の花柳春輔さんは、東京芸術大学音楽学部准教授の小島直文さん(50)=飯田市出身=らでつくる長唄東音会(東京)の邦楽演奏と唄に合わせ、若さを保ったまま800年を生きた菊慈童を生き生きと演じた。
市制15周年を祝い、1952(昭和27)年に作られた日夏耿之介作詞の「飯田古意めいぶつ唄」、飯田独自の伊那節「伊那おどり小唄」では、多くの芸妓と旦那衆が育んだ飯田の町人文化を再現した。
阿智村の園原を舞台にした大曲「木賊刈」は、花柳流幹部役員の花柳壽彰さんが熱演。茂山狂言長野社中は、瀬戸内寂聴さんが復曲した狂言「木賊」を分かりやすく、ユーモアたっぷりに演じた。
郷土ゆかりの演目を地元の大きな舞台で演奏した小島さんは「木賊刈は一生の間に一度できるかどうかという大曲。めったにやれない曲を地元の皆さんのおかげで演奏できた」と充実感を漂わせた。
終演後に寄せられた感想と盛況ぶりに、実行委員長の冨田泰啓さんは「やはり飯伊は文化レベルが高い」。今回は裏方に徹した春麗会会主の花柳壽三さんは「忘れられようとしている飯伊の宝を残していかなければ」と継続に意欲をみせた。
阿智村から訪れた男性(75)は「長唄の素晴らしさ、メロディーの良さをあらためて知った思い」と話していた。