天竜舟下りがいかだ流し行う

南信州経済

[ 2014年 5月 9日 金曜日 9時37分 ]

 かつて天竜川にダムができる以前は遠州まで材木を運んだいかだを現代に甦らせようと、飯田市松尾新井の天竜舟下り(杉本忠社長)は6日、弁天港から時又港まで客を乗せて初めて「天竜いかだ流し」を行った。女性客の一行はいかだ流しのスリルを満喫し「楽しかった。もっと乗ってみたい」などと大喜びだった。

 同社によると、天竜川舟運の歴史は江戸時代に入って慶長12(1607)年に徳川家康が伊那谷や北遠の豊富な森林資源の確保に努め、角倉了以に朱印状を出して信州より遠州掛塚に至る舟路の開削を命じたとある。しかし、道路が整備されトラック輸送が発達すると舟運は衰退し、天竜川からいかだが姿を消した。

 天竜いかだ流しの復刻について、杉本社長(56)は「三遠南信自動車道の開通やリニア中央新幹線の開業を見据え、観光客誘致の起爆剤の1つになれば」と説明。昨年6月から遠山郷のスギの間伐材の皮をむいて乾燥させ、3つの床(とこ)を連結させて1艘を造り、同年10月に試走させた。幅1・6―1・8メートル、長さ4・1メートル。梁はヒノキ、櫂はカシでできている。

 「昔の文献を参考に試行錯誤し、和歌山県の観光いかだ下りも視察した。話題性だけでなく、操船技術の向上につながるので安全面でも舟下りのスキルアップの相乗効果がある。舟よりも水が間近に感じられる臨場感を味わっていただきたい」とメリットと魅力を強調した。

 安全祈願の神事、いかだのお清め、女性の和太鼓グループ「なでし鼓」による太鼓演奏で盛り上がる中、弁天港を出航したいかだは天竜川をゆったりと流れ下った。途中、急流に差し掛かると水しぶきを避けようと立ち上がり歓声を上げて大喜び。飯田市上殿岡の女性(36)は「腰から下がびしょびしょになり、みんなでキャアキャア言って乗っていた。安定感があり楽しかった。また乗ってみたい」と感想を語った。

 同社では、観光客のニーズに応えようとラフティング6挺(インストラクターを含め定員7人)も用意し、選択肢を広げている。問い合わせは、同社(電話0265・24・3345)へ。

  

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