松尾小4年生が水引教室

学校・教育

[ 2013年 2月 21日 木曜日 9時20分 ]

 飯田市松尾公民館は20日、松尾小学校の4年生133人を対象に「水引教室」を開き、地元の伝統工芸である水引細工を体験してもらった。2クラスずつ2回に分かれ、飯田水引協同組合の渉外部長以下6人の講師から「淡路結びのしおり」の制作指導を受けた。

 約20色の水引の中から好きな色を選んでオリジナルのしおり制作に初めて取り組んだ男子児童は「めの字をつくるのが大変だったが、やっとうまくいった時はとても楽しくて最高」と大喜び。学校の伝統工芸クラブに入って1年間水引細工に取り組んできたという女子児童は「最初は難しかったけど、トンボや金魚、花などが上手にできるようになった」と手慣れた様子だった。

 4年3組担任の教諭は「今年度の総合的な学習の時間で松尾の特徴を調べるため、水引のナゾを解こうをテーマに決めた。児童一人一人がどんなナゾを解けるか、水引の由来や素材、原料などを、本やアンケートを取ったりしてずっと調べてきた。工場見学にも行き、1月にはクラス独自で水引細工教室も開いた」と、児童たちの水引学習の取り組みを語った。

 指導にあたった講師は「10年ぐらい前から水引教室のお手伝いをしているが、工作に近いので非常に楽しそうに取り組んでいる。日本の伝統文化に欠かせない水引の結びから出る曲線の美しさを知ってほしい」と期待を寄せた。

 同公民館の角田禊治館長は「当地方の歴史ある水引細工を体験し学習する良い事業。子どもたちが水引の持つ『結ぶ』という意味を学んで、地元の伝統工芸を誇れる人に育ってほしい」と語り、熱心に取り組む姿に「集中力を感じる」と目を細めていた。

 松尾代田には、元結を作るためになくてはならない晒(さら)し紙を発明した稲垣幸八の功績を刻んだ石碑が建てられている。稲垣は1680年、美濃国恵那郡浅谷村に生まれ、29歳で島田村(現在の松尾地区)の庄屋・松村金右衛門に招かれて居住。湧水を利用し、通常の和紙より1回多く水に晒して漉く晒し紙の製造法を確立したことが、色艶がよく丈夫な「文七元結」に結実し、現在の飯田水引に引き継がれているという。

  

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