高森町で俳人・井上井月の学習会

学校・教育

[ 2020年 1月 9日 木曜日 15時07分 ]

 上伊那地域を中心に伊那谷を放浪した俳人、井上井月(せいげつ)(1822?~87年)の飯田下伊那地域での足跡を明らかにしようと、井月顕彰会・下伊那支部(唐木孝治代表)が、高森町の歴史民俗資料館「時の駅」で井月学習会を続けている。8日に開いた今月の学習会では、井月日記に登場する俳号「南里」(林六右衛門)が従来説の飯田市上郷別府ではなく、高森町下市田の人だと明らかになった。

 井月は30代半ばで伊那谷に現れ、一宿一飯の世話になった先に書や俳句を残した。上伊那を中心に2000句近い作品が残り、芥川龍之介が敬愛したことや種田山頭火が墓参に訪れたことで知られる。

 これまでの顕彰活動は上伊那が中心だったが、飯伊でも活動を進め、郷土の魅力につなげようと、昨年2月に下伊那支部を設立した。

 井月と交流があった家の子孫、郷土史や俳句に関心のある10人ほどが集まり、5月から毎月1回、時の駅を会場に学習会を重ねてきた。

 『漂泊俳人 井月全集』を読み合わせて学習を進める。これまでの研究は上伊那の研究者の手によるため、飯伊の住民にとっては、つじつまが合わないと感じる部分もあった。

 「井月日記」のうち明治17(1884)年7月1日の日記では、松源寺(同町下市田)に逗留していた井月が、同市座光寺の佳春(湯沢源太郎)を訪ねる途中に立ち寄った南里(林六右衛門)が上郷別府の人だとされていた。会員が調査したが、上郷別府で林六右衛門という人物は確認できなかった。

 時の駅が今回、県立歴史館の協力で白髭神社(同町山吹)の俳句奉額を調査した際、「市田 南里」との文字が書かれているのが見つかった。日記の翌年にあたる同18(85)年の句会で詠んだ40句を掲載したもの。

 額には、同町市田の庄屋で井月の常宿だった花月(中村藤雄)の句もあった。下市田の林六右衛門は、花月と同じく庄屋。南大島川を渡ってすぐの佳春を訪ねる際に立ち寄っても無理がないことから「間違いないだろう」との結論に至った。

 井月の句や書は、飯田市の阿弥陀寺より南側で見つかっていなかったが、井月が編さんした「俳諧三部集」の句集には、飯伊一円の俳人の名が連なる。

 出句者の居住地をたどると、井月が同市龍江から泰阜村を経て門島から阿南町富草大島へ天竜川を渡り、下條村を経て阿智村伍和、同市山本を巡った痕跡があるという。調査により、龍江からも井月の真筆が新たに見つかった。

 代表の唐木さんは「きっと各所で句会を開き、宿泊先などに句を残したはず。下伊那の多くの方に関心を持ってもらい、顕彰活動を進めたい」と話していた。

◎写真説明:当時の俳額から足跡を探る学習会の参加者

  

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