三六災害の痕跡をたどる松尾探検隊開く

地域の話題

[ 2010年 6月 10日 木曜日 8時10分 ]

 飯田市松尾公民館(角田禊治館長)と松尾史学会(秦野善彦会長)は6日、1961(昭和36)年6月に伊那谷を襲った「三六災害」の痕跡をたどる「松尾探検隊」を開いた。住民約20人が参加。天竜川沿いの自然や史跡に触れながら、三六災の記憶を呼び起こしたり、水害の脅威を思い描いたりした。

 同市松尾新井の「弁天厳島神社」を出発点に駄科地区境までの堤防沿いを散策。三六災当時の写真と現状を見比べたり、激流の勢いを緩和する河川内の岩群「撥(は)ね」などを確認したりした。

 秦野会長は、三六災害は、222年間にわたり堅牢だった堤防をも破壊したことを説明。今後の大規模水害に対応するため、川幅を西側に50メートル拡幅して堤防を築き、弁天厳島神社を現在地へ移転したことを伝えた。洪水のたびに繰り返された村境争いの歴史にも触れた。

 三六災害は61年6月下旬から7月上旬にかけての集中豪雨による災害。特に伊那谷の天竜川流域に氾濫や土砂災害による甚大な被害を与えた。県によると、県内の死者は107人、行方不明者29人、住宅の全壊は903棟、半壊は621棟、床上浸水は3170棟、床下浸水は1万5351棟に上った。

 同公民館は「発生から半世紀が経とうとするが、記憶や歴史認識、教訓を風化させてはならない」として、来年に被災写真展などの記念行事を予定。住民の関心を喚起していこうと、今回の探検隊のテーマに取り入れた。

 角田館長(69)は「当時は大学生で故郷を離れていた。被災地に入れず、長く心を痛めたことを思い出す」と振り返り「半世紀が経ち、三六災を知らない住民も多い。学び知る機会を増やしたい」と話していた。

  

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