三六災害   リレー式座談会で体験伝承を

地域の話題

[ 2011年 5月 17日 火曜日 15時01分 ]

 1961(昭和36)年、県南部を中心に甚大な被害をもたらした「三六災害」をテーマにしたリレー座談会は15日、高森町を皮切りにスタートした。信州大学の北澤秋司名誉教授が同災害の特徴や今後の森林整備方法を語ったほか、同町で実際に災害を体験した地元住民が当時の様子を語った。座談会は被災地、飯田下伊那地域では北部4町村で順次開催される。

 三六災害の脅威や教訓を伝承し、地域防災意識の向上を図る狙い。開催市町村が主催し、北澤名誉教授が実行委員長を務める「三六災害50年実行委員会」が企画、共催する。この日は同町の消防団員や町民など約80人の住民が参加した。

 北澤さんは災害当時、生田中学校(旧松川町立松川東中学校)の理科を担当する教員で実際に同災害を経験した。「土砂災害の教訓」と題した講義では「三六災害は雨の水で流れた花崗岩、土砂で多くの人が亡くなった」と指摘。目の前をすさまじい速度で流下していく土石流や、非難した中学校体育館にも流れ込んだ土石流の恐怖を「雨の音と石の摩擦音だけで、土石流の音は聞こえなかった」と語った。

 その上で、被害規模を抑える長期的対策に森林整備のような基盤を強固にする施策を紹介。特に北澤さんが提案する「流水筋の自然林化」は雨滴の蓄え能力や調整力を向上させることで流下を防止する方法で、非難時間の余裕を生み出す。北澤さんは「川の大きさなどで土石流の現象はまったく違い、そういう事例を伝承してもらいたい」と思いを述べた。

 また当時、町消防団第一分団長として災害を体験した下市田の北沢富夫さん(82)は、水路など人的なものが災害に影響する可能性を指摘。「人が手を加えて発生する災害も考えなければならない。広い視野で想定して」と呼び掛けた。参加した消防団員に対しては「水田が多く、水の管理は非常に注意してもらいたい。町内の川の流れ方を把握して」と助言。「堤も災害時には土砂をせき止める役割を果てしてくれる。恐れるのではなく生かしながら、防災計画を立ててもらいたい」と再発防止を願った。

 同町合併後4年目で起こった災害は、死者9人、行方不明者2人、被害額は35億円という大きな被害を受けた。熊谷元尋町長は「懸命な復興に向けた取り組みにより、いまの恵まれた環境で生活していける」とし、東日本大震災の発生を踏まえながら「防災意識を高め、10年、50年先の安全安心のまちづくりを町民と一緒に考える機会になれば」と開催意義を語った。

 次回は22日に松川町生東会館で開く。午後1時半から同4時半まで。現地学習会もある。

  

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