幻の「橘山焼」 新たな完成品が見つかる

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[ 2012年 1月 10日 火曜日 15時33分 ]

 飯田市毛賀の無常土地籍にあった橘山窯(たちばなやまがま)で焼かれた陶器の完成品の現存が、30年ぶりに確認された。

 橘山窯は、幕末(1805年)から明治初期にかけて、瀬戸や土岐の工人を招いて始められた。茶椀・鉢・とっくり・急須など生活雑器一般を焼いていたことが、2004年の飯田市教育委員会の発掘調査で明らかになっている(05年に報告書が出された)。また毛賀の元高校教師・伊原寿昭さん(71)が区の古文書をもとに操業年代の橘山窯についての詳細な論考を郷土誌『伊那』07年4月に寄せている。

 しかし、窯跡の発掘では一般的にそうらしいが完成品は見つからず、その後の毛賀区民への調査でも完成品は発見できなかった。完成品の写真は30年前に刊行された『しなのの陶磁器』に2点、掲載されているが、現在その所在については不明。また『毛賀史』掲載の写真については疑義があるとされていた。

 橘山窯跡の最初の発掘は63年前、当時松尾久井に住んでいた洋画家・故今村泰蔵さんが手掛け、小規模な登り窯であることを確認したことがわかっている。しかし、その後、04年の調査まで正式な調査は入らず、その実態も伊原さんの論考が発表されるまで不明であった。

 このほど、今村さんと交流のあった喬木村の洋画家片桐孝郎さんが今村さんから発掘当時の資料と共に寄贈を受けていたことがわかり、上郷考古博物館の岡田正彦館長、同じく山下誠一学芸員、教育委員会の馬場保之文化財保護係長らが実見した。調査の結果、既出の写真のものではない橘山焼きであることを確認した。

 飯田市美術博物館では今年暮れから来年1月にかけて、企画展「伊那谷の窯業の歴史(仮称)」の展示を企画しており、今村さんの記録とともに展示を検討している。

  

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