泰阜村が満州開拓団の跡地を訪ねる訪中事業

地域の話題

[ 2010年 9月 18日 土曜日 12時01分 ]

 泰阜村は、今月8日から12日にかけ、満州開拓団の跡地を訪ねる訪中事業を行った。元開拓団員をはじめ、一般住民、中学生など約20人が中国東北部の方正県を巡り、開拓の歴史や方正県との交流について考えた。

 泰阜村では戦時中、国策に従い約1200人が中国東北部の大八浪(たーぱらん)へ開拓に赴いた。日本の敗戦により、苛酷な逃避行や収容所での生活を体験することになり、寒さや飢え、病気で638人が犠牲になった。

 戦後、村は帰国支援を続け、昨年、最後の残留者が帰国して事業が終了した。今回の訪中事業は、満州開拓の歴史を今後どう伝えていくか、また1997年以来友好関係にある方正県との交流をどのような形で進めていくかを探る目的で、一般住民や中学生などに呼び掛けて開催した。

 一行は8日新潟空港から空路ハルピンへ。同日は方正県内のホテルへ宿泊。翌日は、木下長門団長や元開拓団員、村役場関係者が方正県長へ表敬訪問した。一方、中学生と引率の教育関係者らは方正県第三中学校へ訪れて交流を行った。

 このうち中学校での交流は、泰阜村からの生徒4人が現地の生徒4人で交流。ビデオ上映や校歌を歌うなど泰阜村と泰阜中学校を紹介。この日は同校の運動会が開かれており、現地の生徒に案内されながら、運動会の様子や学校の施設を見学した。交流した生徒4人のうち3人は、村内のNPO法人グリーンウッド自然体験教育センター主催の北東アジアの子ども交流事業で来月、泰阜村を訪れる予定だ。

 表敬訪問・交流終了後は、方正県の日本人公墓を参拝。中学生らは、元開拓団員の中島多鶴さんから、公墓が中国政府によって建てられ方正県の政府が守っていることなどを聞いた。近くには、開拓団の避難所の跡地もあった。

 3日目は大八浪開拓団のあった樺南市へ移動。途中、閻家(えんじゃ)駅へ立ち寄った。同駅は日本の敗戦が濃厚になり避難する際、列車に乗るか徒歩で逃げるかの2択を迫られた場所。結局、列車は標的になりやすいことから徒歩を選択し、長い逃避行で多くの犠牲者を出すことになった。

 開拓団跡地では、元開拓団員の住んでいた家の辺りを訪ねた。以前の建物はすっかりなくなっていたものの、1945年以来初めて跡地を訪れたという川島まさゑさんの家だけは、廃墟になりながらもそのまま残っていた。近くのお年寄りは「その家に川島という人が住んでいた」と語り、川島さんは「私の家だ」と65年振りに再会した我が家を感慨深く見つめた。

 4日目はハルピンを訪れ、旧日本軍731部隊の資料館や聖ソフィア教会などを見学。5日目の早朝に帰路についた。

 訪中事業の報告会は、10月18日の戦没者・開拓犠牲者慰霊祭にあわせて開催。また、今回参加した中学生や教諭により泰阜中学校文化祭で発表されるほか、高齢者学級での学習会、村広報誌への掲載など各所で報告の機会を設け、村内の関心を高めていく。

  

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