満蒙開拓平和記念館25日から一般公開

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[ 2013年 4月 25日 木曜日 15時33分 ]

 旧満州に入植した満蒙開拓団や義勇隊などの史実を後世に伝える「満蒙開拓平和記念館」(河原進館長)が24日、阿智村駒場に開館した。140人が参加した開館式では、元開拓団員の女性(87)が平和の誓いを読み上げ、加害と被害の双方をはらむ歴史を直視し、先人たちの犠牲の上に成り立つ平和を守り抜く決意をともにした。一般公開は25日から。

 飯田日中友好協会を軸とする事業準備委員会が2006年から建設運動を展開。1400人を超える全国の有志から約5000万円の寄付と2100冊に及ぶ図書をはじめとする諸資料を集めた。

 県や南信州広域連合、林野庁の補助金を加え、1億2000万円の当初事業費で建設。阿智村が無償貸与した駒場地区の長岳寺近くの村有地に、木造平屋建て、437・7平方メートルの施設を建て、展示室とセミナールーム、資料研究室などを備えた。

 慰霊碑を設置した鎮魂の庭で行われた開館式には、関係者や来賓ら140人が参加。あいさつした河原館長は「満州移民の史実を伝え、平和を求める息の長いプロジェクトを演じる舞台にやっと立つことができた」と強調し、体験者の高齢化を懸念しながら臨んだ足掛け8年に及ぶ経過を振り返り、謝意を伝えた。

 来賓として出席した阿部守一知事は「満蒙開拓の歴史を我々自身が胸に刻み、後世に伝え、先人たちの大変な苦労の中で築かれた平和に思いを馳せ、未来に向けて平和な社会を守る決意を新たにしたい」とあいさつ。岡庭一雄阿智村長は「苦難の中、逃避行をされて帰られた皆さんの“伝えたい”という思いが結実された。満蒙開拓の真実を伝え、新しい平和をつくるとりでの役割を果たすことを願っている」とエールを送った。

 「平和の誓い」は、泰阜村開拓団として15歳の時に一家7人で渡満し、逃避行や収容所生活で家族を失った過酷な経験を25年間にわたって伝え続けている女性が読み上げた。

 「あの敗戦時、開拓民は路頭に迷い、死の逃避行中は1滴の水も飲めず、身も心も疲れ果て、『日本に帰りたい』の言葉を残して悲惨な死を遂げた。犠牲になられた多くの同胞を忘れてはならない。いかなることがあっても戦争をしてはならない。満蒙開拓の歴史を後世に伝え残し、命ある限り平和を求めて歩み続けていくことを誓う」

 展示は満州開拓へと進んだ歴史的背景から、移民、敗戦、逃避行、引き揚げ、残留孤児、帰国後の苦悩など歴史を追う形で7エリアに分けて構成し、パネルやビデオ、資料などで紹介。体験者たちの証言を文章陳列や映像上映で伝えている。

 定期的に語り部の会を開くほか、県立歴史館がデータ化した県開拓団名簿の管理も行う。

 基幹産業だった製糸業の急落による極度な経済悪化、行政や教育界による渡満政策の促進で、1932(昭和7)年から終戦直前まで、飯伊からは全国最大規模の8300人が開拓団または義勇隊として渡満。終戦後のソ連侵攻で開拓村に残った女性や子どもたちは逃亡生活を余儀なくされ、多くが銃弾に倒れたり、集団自決に追い込まれた。

 難民収容所で命を落とした人や、家族を帰国させるために現地で嫁いだ人も多く、時期を問わず無事に帰国できた人は半数の4200人にとどまっている。

 開館時間は午前9時半―午後4時半、休館日は火曜日で祝祭日となった場合はその翌日。入館料は一般500円、小中高生300円。問い合わせは同記念館(電話0265・43・5580)へ。

  

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