満蒙開拓語り部の夕べ開く

地域の話題

[ 2011年 8月 11日 木曜日 9時41分 ]

 「満蒙開拓語り部の夕べ」が9日、飯田市上郷別府の飯伊地域地場産業センターで開幕した。初日は元泰阜村開拓団の中島多鶴さん(86)が、自身の体験談を克明に語り、戦争に巻き込まれた団員たちの過酷な状況を伝えた。

 阿智村駒場に「満蒙開拓平和記念館」の設置を計画している準備会(会長・河原進飯田日中友好協会会長)が「夏の夜に耳を傾けてみる 私の知らなかった戦争の話」を副題に企画。11日まで3夜連続で語り部の話を聞くほか、満蒙開拓の概要を伝えるパネル展も開いている。

 初日は15歳で一家7人で渡満した中島さんが入植時の様子や終戦後の逃避行、収容所生活と引き上げまでの様子を刻々と語った。

 戦況が悪化して入植地を離れ、行き先もわからぬまま団員とともにした逃避行の場面では、機関銃に撃たれて命を失う人、「もう歩けない」と集団自決をする人たち、病人や子どもを置いて行かざるをえなくなった状況などを克明に伝え、「団員が悪いんじゃない。こんなに悲惨な満蒙開拓を国策で進めたことが悪いんだ」と声を震わせた。

 帰国後に見えてきた満蒙開拓の実態にも言及し、「満州は良いところだと聞いて泰阜からは1174人が渡り、638人が犠牲になった。満蒙開拓とはいったい何だったんだ」と語った。

 製糸業の急落による極度な経済悪化、行政や教育界による国策・渡満政策の促進などにより、飯伊からは1932(昭和7)年から終戦直前まで、8389人が開拓団または義勇隊として中国に赴いている。

 終戦を迎えてソ連侵攻が始まると、開拓村からの逃亡生活が始まり、女性や子どもの多くが銃弾に倒れたり、集団自決に追い込まれたりした。収容所で命を落とした人や、家族を帰国させるために現地に残って嫁いだ人も多く、時期を問わず無事に帰国できた人(飯伊送出者)は半数の4205人にとどまっている。

 語り部の夕べは連日、午後7時から9時まで。

  

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