終戦玉音放送原稿の写し公開 飯田信金松尾支店で

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[ 2017年 8月 17日 木曜日 15時17分 ]

終戦玉音放送原稿の写しと熊谷さん

 飯田市松尾久井の飯田信用金庫松尾支店ロビーで、八幡町の熊谷恒次さん(92)所有の終戦玉音放送の原稿の写しが公開・展示されている。15日の終戦記念日に合わせ、14日から18日まで開催。合わせて、同支店開設30周年記念の一環として、同氏自身の撮影した、戦前から昭和30年代の八幡町周辺の写真も展示している。

 昭和天皇による玉音放送の原本の写しは「なかなかそこらにない」という貴重なもの。熊谷さんは昭和30年頃、軍隊で親友だった軍医から手に入れ、巻物にして大切に保管している。公開・展示は今年2月の松尾地区文化祭に次いで2回目。A4判の大きさに4、5枚つなげている。

 戦時中、熊谷さんは、名古屋航空機で「秋水」という体当たり専門のロケット機を造っていたが、空襲がひどくなったため、松本へ疎開。飛行場でロケット機の試作を続けていたが、昭和20年に召集を受けて金沢へ赴いた。

 加賀百万石のお城の中で「最後の決戦部隊」とされて、毎日、爆弾を抱えて戦車の下に飛び込む演習を行っていた。8月15日正午からの玉音放送で終戦を知り、一命を取りとめたという。

 「軍靴は貴重品で履かせてくれなかったので、自分でわらじを作って履いていた。あれだけの苦労は味わってほしくない。戦争を二度としてはいけない」と強調した。

 戦後、熊谷のし店を営むかたわら、昭和17年から始めた写真を撮り続けている。今回展示しているのは、戦前から昭和30年代の八幡町周辺のモノクロ写真数枚。同支店の山下尚宏支店長(50)は「昭和62年9月に鼎支店から分離しオープンして30周年記念もあって熊谷さんからお借りした」と話した。

  

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