野底山で戦時中の松やに採取痕跡を発見

地域の話題

[ 2017年 1月 27日 金曜日 15時58分 ]

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 太平洋戦争中、航空機の燃料に利用されたとされる「松やに」の採取痕跡が、飯田市上郷黒田の野底山森林公園にある75本のアカマツから見つかった。飯田下伊那地域では、口承を中心に各地で採取の記録が残っているが、現存する痕跡では最大規模。毎木調査を実施して明らかにした同地区の森林環境インストラクター、寺岡義治さん(81)は、並行して行った「松根油(しょうこんゆ)」の聞き取り調査の結果と合わせ、近くレポートを発表する。

 「松やに」や「松根油」は、戦時中に戦闘機の燃料となる原油が不足したことから、国策で採取が進められ、飯伊でも各地で木肌に傷をつけて松やにを集めたり、切り株をチップ状に砕いて松根油を乾留したとされる。

 寺岡さんが同公園内のアカマツに松やに採取の痕跡を見つけたのは、同公園が整備された1985(昭和60)年。旧上郷町の林務課職員として現地を調べたところ、一部の木にV字状の傷跡を見つけ、口承をもとに案内板を設置したが、当時は「ここまで多くの木に痕跡があるとは思わなかった」という。

 本格調査は一昨年から昨年にかけて実施。現地で毎木調査を行い、75本のアカマツの根元に傷跡を見つけた。

 調査に合わせ、飯伊全域を対象に松根油に関する聞き取りも実施した。当時の状況を記憶する100人余を訪ねたところ、旧村単位ではほぼ全域となる30余の地域に松根油工場があり、多くが農協施設の近くに立地していたことが分かった。

 一方、終戦直後に施設や資料が廃棄されたためか、記述による記録がわずかしか残っていないことも分かった。

 実際に採集作業に当たったとする人の証言は少なく、野底山でも誰が採集に関わり、どう収集されたかは詳しく分かっていないという。

 戦時中から「本当に飛行機を飛ばせるのか」とする疑問があったというが、「航空隊の飛行場に松根油と記されたドラム缶があった」とする証言が得られたことから、寺岡さんは「他の燃料と混ぜてガソリンにしたのでは」とみている。

 野底山の痕跡は、ヨキトギの道と名付けられた遊歩道内、展望台近くの尾根沿いに広がる。どの木に傷があるかを一目で分かるよう、寺岡さんはすべての木に蛍光テープを巻き、公園散策のイベントなどで来園者に紹介している。

 松やにや松根油収集の史実を「消された戦争史」とも指摘。「松根油は戦後、市内にあった樹油工場を通じて、復興にも役立った可能性がある。戦争の歴史を後世に伝える負の遺産として、保存継承する必要がある」と話していた。

  

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