南相馬市の避難者100人7施設へ

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[ 2011年 3月 22日 火曜日 15時55分 ]

 東日本大震災で被災した福島県南相馬市から飯田下伊那地域に身を寄せている100人が、飯田市など1市3村の7施設に分かれて、生活をはじめた。1週間ぶりに入浴し、温かい食事をとってほっと安堵の表情を浮かべる一方、福島第一原発の放射線漏れで懸念が広がる古里や残された被災者たちのことを思い、次々と不安を口にした。

 同市天龍峡の天龍峡温泉交流館には、34人が身を寄せた。18日午後、牧野光朗飯田市長や地元関係者が駆けつけ、激励した。

 被災者たちは感謝の気持ちを伝えるとともに、現地に残る人や先行きの見えない今後の生活について不安の声を漏らした。

 「飯田市のみなさんに温かく迎えていただき、本当に感謝したい」と話したのは、小高区から家族5人で避難した女性。「原発が不安で、怖くて…。これ以上被害者を出さないでほしい」とし、中学生の娘を見つめると「早く帰って普通の生活がしたい。子どもを学校に通わせてあげたい」と話した。

 息子と親子2人で避難してきたという75歳の女性は「本当にやさしく受け入れていただき、感謝でいっぱい」と涙を浮かべて語った。現地では店に物資が入らず、配られるおにぎり1個を食べてしのんできた。残された人たちを思いやると、「風評が広がり、物資が入らない。古里を助けてほしい」と語った。

 津波で家を失った兄夫婦と3人で避難してきた女性は、古里に残った夫と次男を思い、涙をこぼした。「職務があって町の全員が避難するまで、離れられない。お母さんだけ逃げて」と声をかけられた。2人の無事を祈り、「早く帰って家族と暮らしたい」。「地震は天災かもしれないけど、原発は人災。本当ににくい」と声をしぼりだした。

 施設には市内で食堂を営む南相馬市出身の男性も駆けつけた。「飯田はみんな優しい人たちばかり。困ったことがあったら遠慮なく申し出てほしい、ぜったいに助けてくれる」と涙ながらに呼びかけ、励ました。

 南相馬市の要請を受けた飯田市は、16日夜に派遣隊を送り、バス5台で100人を迎えた。被災者たちは市と豊丘、下條、泰阜村の宿泊施設や公共住宅などに分かれて生活する。

  

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