宮古・塩竃で給水、市の第1陣が帰飯報告

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[ 2011年 3月 23日 水曜日 15時31分 ]

 東日本大震災で飯田市が日本水道協会長野県支部から要請を受けて12日に派遣していた応急給水活動第1陣(4人、給水車2トン給水タンク車載1台と指令車ライトバン1台)が22日朝、牧野光朗市長に帰飯報告した。市が18日朝、給油しなくても往復できるプリウスで派遣した第2陣の4人と宮城県塩竃市内の浄水場で同日夕方引き継ぎを行い、翌19日夜にプリウスで帰飯した。

 同市長は「1週間被災地で任務を終えて無事帰ってきてくれて大変うれしい。まだまだ困難な状況が続いているので、これからも支援を続けていかざるを得ない。今回の任務で培った経験やノウハウを伝えていってほしい」と労をねぎらった。

 第1陣の班長を務めた水道課の三浦篤維持係長(44)によると、13日に岩手県盛岡市に到着。14日から給水活動を開始し、16日まで宮古市内の県立病院で給水活動を行った後、日本水道協会からの指示で17日に塩竃市へ移動し、避難所で給水活動や導水管の選管作業を行った。

 宮古市は、市の中心部が津波に襲われ、市庁舎の1、2階とも震災し、特に1階は何もない悲惨な状態。高台にある浄水ポンプ場も潰滅状態で県立病院に水が行かないため、飯田市のポンプで中継して水を送る作業を行った。

 塩竃市への移動は、燃料事情が悪く軽油を確保するのが大変だった。市内の浄水場に水源地から原水が入ってこないため、配水地に残っている水を給水したが、2日目に原水が入り浄水できるようになったため、配水管の汚れを取る作業にあたった。宮古市では小諸市、岐阜県土岐市、塩竃市では小諸市、長野市と一緒に活動した。

 三浦班長は「避難された方々は水がないため、2~5時間並ぶためテントを張って給水車を待っていた。水を届けてくれてありがとうと感謝の言葉をかけてくれた。努めて明るく振る舞っているようで食べ物を分けてくれたり、炊き出しで豚汁をつくったから一緒にとやさしいもてなしも受けた。宮古市は水道の復旧に最低1カ月、塩竃市は1、2週間で建物に給水できるようになるのでは」と語った。

  

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