広域消防本部の緊急消防援助第1次隊が宮城県から帰隊

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[ 2011年 3月 15日 火曜日 10時03分 ]

 11日午後6時ごろ、被災地へ向け飯田広域消防本部より出動した、緊急消防援助隊第1次派遣隊の10人は14日朝、同本部へ帰隊した。同隊の隊長を務めた小平誠飯田消防署長は、出迎えた牧野光朗飯田市長を前に、宮城県多賀城市や七ケ浜町で行った救助・捜索活動について報告した。

 同隊は12日午前9時半に宮城県仙台市へ到着すると、その後、同市中心部から11キロほど沿岸部へ向かった、仙台塩釜港(仙台市宮城野区)北側に位置する多賀城市へ移動。津波の被害を受けた同市で、同11時より救助・捜索活動にあたった。翌13日は、同市よりさらに5キロほど沿岸部に向かい、塩釜港南側に位置する七ケ浜町で、津波による被災者の救助・捜索活動を続けた。

 小平隊長は「仙台市の中心部などでは地震による被害もあまり見られなかったが、沿岸部の津波被害にあった地域は、建物が全くなくなりがれきだけが散乱していた。12日は海水がまだ1メートルから50センチほど残っていた。多賀城市では石油コンビナートの火災により、すごい勢いで黒煙が上がっていた」と、被災地の惨状を語った。

 ゴムボートを持参した同隊はボートを活用し、海水が残る場所を中心とした救助活動を展開。厳しい寒さのなか、海水に浸かりながら倒壊家屋をかき分けるなどの困難な活動を続け、2人の救助に成功した。また数人の遺体も収容したという。

 被災地に到着した際、手を振り応援してくれる住民の姿に感動を覚えたという小平隊長。「被災した地域がかなりの広範囲で、まだまだ手付かずの場所が多い。今回活動ができたもの約1キロ四方ほど。被災地の方々の思いに応えられるよう、後続隊にも一刻も早い救助・捜索活動を期待したい」と話した。また、「配水車やコンビニ、ガソリンスタンドに早朝から長蛇の列が出来ていた」とし、物資の早期供給の必要性も訴えた。

 同本部では、13日朝、第2次応援隊を派遣し、第1次隊の任務を引き継いだ。今後、15日に第3次応援隊、17日に第4次応援隊の派遣を予定している(いずれも2隊10人で構成)。

  

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