人形劇のまち40年③ フェスタをもっと誇って ましゅ&Kei

連載

[ 2018年 7月 26日 木曜日 15時47分 ]

初参加は2001年(写真上)。今年はポーランドの劇人と共演する

 東京から飯田に移り住んで12年。国内外で公演するたび「人形劇のまち飯田から来た劇人」を名乗ってきた。“外の目”を持つ地元在住のプロ劇人という立場から、今以上に住民の関心が高まることを願っている。

 参加は2001年の第3回フェスタから。演出家とネット掲示板で「いつか一緒に(人形劇的要素を含む)舞台作品を創りたいね」とやりとりしていると、書き込みを読んだ実行委員が「それ、飯田で創らない?」と声を掛けてきた。これが全ての始まりだった。

 2人にとって飯田は全く無縁の土地だったが、創作活動を温かく支えてくれる人々がいた。東京にいたら得られない環境、気づきもあった。住民の鑑賞力が驚くほど高いことも印象的だった。

 そして完成した作品はいずれも「飯田にいたからこそできた」といえるものになった。

 飯田市民になってからは何かの参考になればと、国内外フェスでの見聞を以前にも増して語ったり、「見る、演じる、支える」という飯田スタイルの良さを自分たちの言葉で周知しようと努めてきた。

 そんな2人が、前身の人形劇カーニバル飯田から数えて40年の節目に市民に伝えたいのは「フェスタをもっと誇ってほしい」という思いだ。

 「こんなに大きくて文化的な催しを地方都市でやっているのはすごいこと。それなのにフェスタを知らない人、子どもが小さかった頃は見たけれど…という人が少なくないのは本当に残念」

 そう話すKeiさんが期待するのは、低年齢から関わる機会が増え、海外フェスに多いシルバーが活躍する展開だ。「若い子と高齢者が創作の現場、アート的なものに関わることで面白いことが起きる。その多様性が今後を決める気がする」と目を輝かせる。

 ましゅさんは「飯田でしかできないことがやれるフェスタであってほしい。コラボして飯田限定の小作品をやるとか、ここに来ないと見られないものがあることをメインに打ち出すといい」と独自性の追求を笑顔で提案した。

  

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