戦後73年・伝える記憶3 満蒙開拓を歴史たどる 信州総文祭の高校生

連載

[ 2018年 8月 17日 金曜日 18時26分 ]

再入植の増野地区を訪問(上)、語り部の痛切な体験を聞く(下)

 高校生による満蒙開拓をテーマにした平和学習が9日、信州総文祭ボランティア部門フィールドワークの1コースとして行われた。松川高校をはじめ地元高校生の案内で、全国から集まった生徒らが飯田下伊那各地に残る満蒙開拓の歴史をたどった。

 午前中に阿智村の満蒙開拓平和記念館で、平和セレモニーと展示見学を行った生徒ら。午後からは松川町に会場を移し、町中央公民館えみりあで語り部4人から話を聞いた。

 このうち、久保田諫さん(88)=豊丘村=は旧河野村開拓団の集団自決で奇跡的に生き残った壮絶な経験を、元青少年義勇軍の湯沢政一さん(88)=飯田市座光寺=は極寒の収容所で同郷の親友を亡くしたことなどの体験を語って聞かせ、一昨年に天皇皇后両陛下を迎えた思いを伝えた。

 また、帰国者2世の立場から大橋春美さん(48)は、多民族国家の中国で生まれ日本に帰国してから言葉や文化の違いで苦労した経験を語り、異文化理解、多文化共生の必要性を訴えた。

 日本を離れる前に家や土地を手放していた元開拓団員らは、戦後満州から引き揚げた後も、新たに本当の開拓に向かわなければならなかった。

 再入植地の増野地区の訪問では、農事組合法人増野の寺沢茂春さん(68)から増野の歴史を聞いた。山林原野を切り拓いたが酸性土壌に苦しんだ。果樹栽培に切り替えて苦労を重ね、果樹の一大産地にまで成長させた。

 元水曲柳開拓団員で増野に再入植時した仲田武司さん(84)は「他の再入植地は国有林や村有林が多い。増野はほとんど私有地でまだ立地条件が良かった」と振り返る。満蒙開拓平和記念館長の寺沢秀文さん(64)は「他の多くの再入植地は生活に困窮して放棄された」と伝えた。

 生徒らは増野を開墾した先人に祈りを捧げ、南アルプスを一望できる美しい眺望と一面に広がる果樹園を見つめた。

 岡山県山陽女子高2年の浜田菜南さん(16)は、満蒙開拓について初めて知った。「教科書にも書かれておらず、自主学習の授業でも扱われなかった。あまりに衝撃的なことが多くて受け止めきれない。いまある平和の尊さを感じる」と話した。

 案内役を務めながら語り部の話を聞いた阿智高2年の川上大翔さん(17)は「満蒙開拓はこの地域の歴史。事前学習はしたが、当事者の体験はまた違う深みがあった」と振り返った。

 フィールドワークリーダーを務めた松川高3年の太田和也さん(18)は「阿智、阿南と3校でリハーサルを重ね、えみりあ会場は下農インターアクトクラブが担当してくれた。充実したフィールドワークができたのも皆の協力のおかげだ」と感謝していた。

(つづく)

 

  

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