「竹佐中原遺跡石器は3万~5万年前」県埋蔵文化財セが見解

社会

[ 2010年 5月 21日 金曜日 15時03分 ]

 県埋蔵文化財センター(長野市)は19日、後期旧石器時代(約1万5000~3万5000年前)より古い可能性などについて、2000年から進めてきた飯田市竹佐の竹佐中原遺跡の調査結果を発表した。年代については「約3万~5万年前のもので、県内最古クラスと考えられる」と説明した。

 発掘調査は、三遠南信道飯喬道路の建設に伴い、現在の飯田山本インターチェンジにあたる約4万平方メートルで7回にわたって実施され、4地点から800点を超える旧石器時代の遺物が採取された。

 石器群が発見された当時は、宮城県上高森遺跡で旧石器発掘ねつ造事件が起きた直後で、考古学研究の再構築につながる重要な石器群として全国的に注目を集めた。

 年代の測定は、火山灰の蓄積など4つの多角的な分析方法で実施。ねつ造事件を受けて厳しい目で検証を重ねた結果、5万年より古くなく、3万年より古いという見解にまとめ、断定を避けた。

 出土品は阿智川の石など遺跡から数キロ圏内にあったものが主体だが、2地点からは愛知県の鳳来寺山と同じ石も少数ながら見つかった。

 調査指導委員会の委員長で明治大学名誉教授の戸沢充則さんは「ねつ造事件の悪夢から抜け出し、新たな方向性を見出そうと取り組んだ結果、その手本となる研究の成果となった」と説明した。

 また「東アジアのネアンデルタール人(中期旧石器時代)から新人(後期旧石器時代)への移行期について、考え方を見直そうという動きが世界的に大きくなっており、本研究は日本における最初の成果といえる」とも指摘した。

 同センターも「どう評価するかにより、日本列島の人類史が変わってくる。その上で非常に重要な遺跡」と述べた。

 調査結果は日本考古学協会などで発表される。石器群は、7月8日から8月1日まで県伊那文化会館で開かれる速報展で公開され、年内は同センターが保管。その後、飯田市教育委員会に移管される。

  

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