阿南町新野の国重要無形民俗文化財「新野の盆踊り」が14日夜、始まった。17日の明け方まで毎晩、夜通し踊り明かす伝統の踊りは、笛や太鼓などの鳴り物を一切使わず、やぐらの上で踊る「音頭取り」の「音頭出し」とやぐらの回りに輪をつくる踊り子の「返し」の声だけで行う。この日も盆ちょうちんが飾られた郷愁漂う新野商店街に、老若男女の声が響いた。
新野の盆踊りは、地区の家々の精霊供養のための「御霊迎え」「御霊慰安踊り」「踊り神送り」といった信仰的要素が強いことが特徴。始まりは定かではないが、室町時代の末期、1529(享禄2)年、瑞光院の建立の折、入仏式に三州振草下田の人々が来て踊った「おさま」を習ったのが始まりだとされている。
14、15、16日の3日間を「本盆」、8月第4土曜日(今年は24日)を「うら盆」として、毎晩午後9時ごろから翌朝6時まで踊り明かす。
踊りは「すくいさ」「高い山」「音頭」「十六」「おさま甚句」「おやま」「能登」の7種類。このうち「能登」は盆踊りの最後、17日早朝の「踊り神送りの式」を行う際に限った踊りで、この時以外は踊らない。他の時間帯は6つの踊りを変えながら朝まで踊り続ける。
観光客ら地元住民以外の人らにも気軽に踊りの輪に入ってもらおうと、踊り開始を前に、踊り方を指導するワークショップを開催。鳥取大学でダンス・身体表現の講師を務める木野彩子さんは、今回初めて踊りの研究と趣味を兼ねて足を運んだという。
「他の地域の盆踊りにも多く参加しているが、歌だけで行うのはやはり独特。ゆったしとした動きも面白い」と評し「一晩だけだが、朝までしっかり踊り抜きたい」と話した。
40年ほど前には70人ほどいた「音頭取り」も高齢化や人口減少などにより年々減少し、現在は30~40人ほどに。それでも近年は若者の中から「やりたい」との声が上がり、毎年のように新人が加わっている。
今年新たに加わった神谷明子さん(37)は新野出身で現在は上田市在住。中学生の頃「子供音頭取り」としてやぐらに上がり、そこから見た光景が忘れられず、「いつかもう一度音頭取りをやりたい」と思っていたという。念願がかない「うれしい。しっかりと役目を務め、再び光景を目に焼き付けたい」と笑顔を見せた。
踊りを伝承する「新野高原盆踊りの会」の山下昭文会長(72)は、「令和になって初めての盆踊り。雨が心配されるが17日の朝を皆で笑顔で迎えたい」と話した。
◎写真説明:商店街に輪をつくる新野の盆踊り